会社を始める人というのは、ずいぶん変化に強い人に見えます。
安定した仕事を離れて、まだ存在していないものをつくる。
「普通はこうするでしょう」という道から、わざわざ外れていく。
ところが、おもしろいことに。
そんな人が半年、一年と会社をやっていると、今度は変化を嫌がることがあります。
商品を変えたくない。
市場を変えたくない。
ビジネスモデルを捨てたくない。
最初のアイデアが間違っていた、と言いたくない。
変化して会社をつくった人が、会社の中では保守的になる。
ちょっとした逆転現象です。
「つくったもの」は無くしたくない
スタートアップは、最初はただの仮説です。
でも、半年かけてつくる。
仲間を集める。
お金を集める。
お客さんに説明する。
投資家にも「これは大きな市場です」と言う。
すると仮説だったものが、だんだん「自分が持っているもの」になります。
人間は、いま持っているものを手放すのが苦手です。
心理学では、現状維持バイアスや保有効果、損失回避と呼ばれる現象があります。
つまり、「AとB、どちらがいいか」という話だったはずなのに、いつのまにか、
「Aを持ち続けるか」「Aを捨てて、よくわからないBへ行くか」という話になる。
この差は、けっこう大きいです。
しかも創業者の場合、持っているのは商品だけではありません。
自分の判断、仲間への説明、投資家への約束、そして少しずつ自分自身の物語まで、その商品にくっついてきます。
だから質問も変わります。
「これはうまくいっているか?」ではなく、「ぼくは正しかったか?」になってしまう。
これが、かなり危ない。
使った時間は返ってこない
さらにやっかいなのが、サンクコストです。
「もう9か月もつくったんだから」という言葉は、いかにももっともらしい。
でも、その9か月は、続けてもやめても返ってきません。
本当に聞くべきなのは、「今日、何も持っていない状態から始めるとして、次の9か月をこれに使うだろうか?」です。
Instagramも、最初からInstagramだったわけではありません。
もとはBurbnという、もっといろいろな機能を持ったアプリでした。
ところがユーザーが特に使っていたのは写真共有だった。
そこで、ほかを削って写真に集中した。
捨てたのはコードだけではありません。
「こうなるはずだ」という確信も、いったん捨てたわけです。
「失敗した」と「自分が失敗した」は違う
創業者にとって会社は、仕事であると同時に、自分の一部にもなります。
だから、「この市場は小さいかもしれません」という情報が、「あなたの信じたものは間違いでした」と聞こえてしまうことがある。
とくに初めての起業では、「この仮説が失敗した」と「自分が失敗した」を分けるのが難しいのかもしれません。
経験がある人の強さは、失敗しないことではなく、「間違っても、人は案外ちゃんと生きていける」と知っていることなのかもしれません。
頑固さは悪者ではない
とはいえ、起業には頑固さが必要です。
証拠がそろう前に始めるのがスタートアップですから、誰かに反対されるたびにやめていたら、何も始まりません。
問題は、「反対されても続けるべきとき」と「証拠を見て変えるべきとき」をどう見分けるかです。
創業時には、「みんな無理だと言う。だからやる」が勇気になる。
でも、18か月ずっと利用継続率が悪いのに、同じ言葉を言っていたら、それは勇気ではなく、ただの居残りかもしれません。
感情をなくすより、仕組みをつくる
人間は、自分の決断に愛着を持ちます。
だったら「感情的になるな」と言っても、あまり役に立ちません。
それより、先に仕組みをつくる。
たとえば実験を始める前に、「この数字を下回ったら、この仮説は見直す」と決めておく。
あるいは、「AI会計ソフトをつくる」ではなく、「月次決算にかかる人の手間を大幅に減らす」を使命にする。
すると、ソフトを捨てることが、使命を捨てることではなくなります。
そして、ときどきこう聞く。
「この会社を今日初めて見たとして、自分は投資するだろうか。入社するだろうか。まったく同じものを、いまからつくるだろうか?」
答えが「いいえ」なら、「でも、ここまでつくったから」は、あまり強い理由ではありません。
会社をつくるには、信じる力が要ります。
でも会社を生かし続けるには、信じていたものを捨てる力も要ります。
勇気とは、みんなに止められても進むことだけではありません。
ときには、「自分は間違っていました。でも、会社まで間違い続ける必要はありません」と言えること。
これもかなり立派な勇気です。
参考:
Hoang, H., & Gimeno, J. (2010). Becoming a founder: How founder role identity affects entrepreneurial transitions and persistence in founding. Journal of Business Venturing.
Kahneman, D., Knetsch, J. L., & Thaler, R. H. (1990). Experimental tests of the endowment effect and the Coase theorem. Journal of Political Economy.
Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica.
Samuelson, W., & Zeckhauser, R. (1988). Status quo bias in decision making. Journal of Risk and Uncertainty.
Staw, B. M. (1976). Knee-deep in the big muddy: A study of escalating commitment to a chosen course of action. Organizational Behavior and Human Performance.
Staw, B. M. (1981). The escalation of commitment to a course of action. Academy of Management Review.
Ucbasaran, D., Westhead, P., Wright, M., & Flores, M. (2009). The nature of entrepreneurial experience, business failure and comparative optimism. Journal of Business Venturing.
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